政治経済学

台湾有事が「起きないまま続く」本当の理由

先日の首相による予算委員会答弁で、さらに話題が加速しているのが「台湾有事」である。
近年、オンラインを含めメディアでも盛んに有識者らが論評しているのを目にする。

私が特に引っかかったのは、
「台湾有事」という歴史上では耳慣れない時事用語が、ほとんど最近登場したことと、
結局、「いつその『有事』は起きるのだ」と言うことである。

先日、当ブログで投稿した「ベネズエラ問題」に関してはアメリカにより正式に軍事介入が行われた。

しかし、台中関係においての事象は現在までの所、歴史的用語を当てはめようとしても、
「戦争」はまだ起こっていないし「(満州事変等の)事変」にもなっていない。
台湾有事においても、冷戦下の覇権構造を前提に当てはめて見るべきなのだろうか。
類似の構造やベネズエラ問題との相違点を考えてみたい。

①表層レイヤー 台湾有事に見られる軍事的脅威(台湾海峡ミサイル危機、反国家分裂法)

1996年、中華民国総統選挙で李登輝の優勢が観測されると、人民解放軍は恫喝として威嚇射撃を行った。

人民解放軍は、

「台湾問題にアメリカが介入した際には、アメリカ西海岸へ対し核攻撃を行う」

とアメリカ軍の介入を強く牽制した。
アメリカ海軍は台湾海峡へ、太平洋やペルシャ湾沖に配置している空母・艦隊を派遣する事態となり、台湾海峡は一気に緊張状態に陥った。

その後水面下の協議により、中国は軍事演習の延長を見送り、米国は部隊を撤退させた。
時を経て、2005年には「反国家分裂法」が中華人民共和国で成立。
中国大陸は台湾への武力侵攻を国家として肯定することとなる。

②中層レイヤー 米中覇権構造

この一連の脅威の裏にある、米中の覇権構造を確認しておきたい。

冷戦期に創設されたNATOとその主要国であるアメリカ合衆国は、
創設以来長年に渡り加盟・非加盟国を問わず、
外国の与党や野党、あるいは反政府勢力や企業を支援し、外国に多額の資金を投じて干渉・支援してきている。

前回の「ベネズエラ問題」記事にも見られるように、
時には非民主的な手段(クーデターや内戦、戦争等の政権転覆)や、選挙の結果や内政を統制することで、それらの経済と政治、軍事を支配する活動を続けてきており、台湾においては独立運動と大企業の支援を行なってきた。

NATOの支配を排除する中華人民共和国を敵対勢力と見なし、台湾の軍事と経済を掌握することで、中国への対抗手段とするためのものであるが、中国と台湾の非独立派はNATOとアメリカが非民主的な手段で台湾を支配する場合には、非平和的な手段も辞さないとして牽制している。

中華人民共和国は、台湾を不可分の領土である「核心的利益」とし、「一つの中国」の原則の元、国際社会の普遍的な共通認識だと主張している。2005年には台湾独立派に対する非平和的手段、つまり直接的軍事行動を国内的に合法化した「反分裂国家法」を成立させた。

③深層レイヤー 国際社会における台湾の立ち位置と戦後中台関係

  • 1971年 国連中国代表権問題(アルバニア決議)

台湾有事を語る際、1971年の国連決議を無視すると、
この問題は「侵略」でも「独立」でもなく、

国際秩序が「意図的」に凍結してきた矛盾の噴出

であることが見えなくなる。

第二次大戦後国際社会は、中国大陸の共産党政府である「中華人民共和国」ではなく、
台湾の国民党政府の「中華民国」を正統な中国政府であるとしていたが、
一転、中華人民共和国の側を正統な国家としたのだ。

国際法上、突然に台湾は国家として承認されなくなった。
この事実は、他の国際関係における覇権構造とは一線を画している。
表向きに台湾は国際社会から「見放された」のだ。
そして、これは国際社会から台湾政府への制裁という意味合いでもない。

  • 1972年 ニクソン訪中 米ソ覇権構造

当時の中華人民共和国は、まだまだ経済は未発達ではあった。

しかし、1964年、世界で5番目、社会主義国としてソ連に次いで2番目に核実験に成功し、
脅威となる軍事大国であった。
中ソは対立状態にあったが、冷戦下においてもこの大国がソ連と関係を結び直し、米国と敵対することは回避すべき最重要課題であった。

1972年、ニクソン大統領はアメリカ合衆国大統領として初の中華人民共和国訪問に踏み切り、事実上の外交関係を結ぶこととなる。
米国としても、中華人民共和国は味方でないにせよ、放置することもできない、「管理可能な存在」にしておく必要があったのだ。

  • 1979年 台湾関係法

アメリカは1979年、米中間の国交を樹立させた。ただ、米中間の正式な国交樹立にあたり中華人民共和国からの強硬な申し入れを受けて、中華民国との国交断絶を迫られる。

しかし、両国内では強い反発があり、米議会では国内法として「台湾関係法」が成立した。
翌年、反共産圏包囲網の一環として戦後締結されていた「米華相互防衛条約」が破棄されたが、アメリカ合衆国は中華人民共和国との正式な国交樹立以後も、国交断絶した中華民国への経済的、軍事的、外交的な支援を含む密接な関係を続けている。

④歴史レイヤー 

歴史的に言えば、現在の中国共産党政権は、清朝最大版図に近い「中国」を回復しようとしていると考えられる。

台湾は、日清戦争終結後から、終戦まで約50年間(1895〜1945)は日本統治下であったし、
中華民国以前に遡れば、清朝康熙帝による三藩の乱鎮圧以降は200年以上にわたって「一つの中国」の領域に組み込まれていた。

こうした歴史的経緯を踏まえれば、台湾統一は中国側にとって一種の「歴史的事業」であり、国家の威信をかけた課題であるとも言える。
習近平は長期政権を背景に、「一つの中国」を実現しようとしているという見方も、穴がち間違いではないのかもしれない。

しかし、これを「侵略」という形で実現するとなると話は別である。台湾を軍事的に制圧するには、膨大な軍事・経済コストが必要であることに加え、国際的信用の失墜は避けられない。仮に統治に成功したとしても、得られる実益は極めて限定的だ。

一方、アメリカ側にとっても状況は単純ではない、1962年のソ連との「キューバ危機」以降、核保有大国との全面戦争は「絶対に回避すべきもの」と位置付けてきた。台湾はアメリカの「裏庭」ではなく、むしろ中華人民共和国にとっての「裏庭」に近い地域で、地理的にもアメリカ本土からは遠く、介入には大きなコストが伴う。

そして台湾にとっては、国民党政権以降、一貫して自由民主主義国家の確立こそが悲願であった。

この問題の着地点はおそらくこのあたりにある。
しかし、それでもなお物々しい雰囲気が維持され続けるのは、各国政府やメディアの意図がそこに作用しているからではなかろうか。

なぜ台湾は曖昧であり続けたのかなぜそれが合理的だったのかなぜ今、その曖昧さが限界を迎えつつあるのか。

台湾海峡とは、銃口を下ろさないまま、引き金だけは永遠に引かないための空間なのである。