筆者個人は、現政権が「財政出動」や「安全保障」に積極的姿勢であることを歓迎している。
しかし、一部にはこのことを快く思わない勢力がいることも確かである。
どうも、彼らは国家の暴走を危惧しているような節があるのだ。
初めに断っておきたいのだが、私は国家が過度な軍事力保持することを推奨している訳ではない。
ただ、最低限の経済成長や軍事力が見込めないと、悲惨な結末を辿ることがあるというのを歴史が既に証明している、ということが言いたいのだ。
東アジアの歴史には、その典型例が見られる。
今回は現政権の実情というよりは、過去の歴史的事実を元に比較してみたい。
国家がどの程度いわゆる「近代化」しているか、を図る尺度として経済力・軍事力がある。
日本においては明治期に「富国強兵」というスローガンのもと、他のアジア諸国に先駆け近代化に成功した。
何か一つの目標に向かって進むには、構成員が一致団結すべきことは言うまでもない。
ポイントは、その一致団結の源泉は「政治」にあるということだ。
近代化の推進にあたっては、政権の安定が欠かせなかった。

日本では1854年日米和親条約、1858年日米修好通商条約を経て、1868年には明治政府が樹立された。
直後に日本近代史最大の内乱である、戊辰戦争(1868~1869)が起きたが、2年足らずで鎮圧された。
日米和親条約を起点に考えると、政権成立まで約15年である。
一方、当時中国の清朝政府は、アヘン密売等による銀流出で貨幣価値が高騰、相対的に負担が重くなった税に民衆は疲弊していた。
英国との1840年アヘン戦争、英仏国との1856年アロー戦争が勃発し敗戦。
そしてほぼ同時期、中国近代史最大の内乱、太平天国の乱(1851〜64)が勃発し鎮圧に軍事力を裂いている。
外国勢力と対峙するだけの経済力と軍事力が成長しなかった結果、その弱点が露呈する。
1894年には日清戦争に敗戦することとなった。その後、辛亥革命を経て1912年に中華民国が成立した。
帝制から立憲君主制を経ず、事実上民主制に移行するまでは早かった。
しかし、アヘン戦争という「外圧」を起点に考えると政権成立まで間、約70年が経過している。
このように国家の統治能力が落ちた状態で、戦争やグローバル経済に放り込まれると、社会秩序の崩壊や経済停滞は進み、復興が極めて難しい。
1868年明治政府成立と1912年中華民国成立、この間約44年。
政治的判断の遅れと統治の歪みは、近代化を半世紀近くも遅らせたと言えそうだ。
内外の情勢にいかに迅速かつ適切に対処できるかが国家の命運を分けるのは、今も昔も変わらないであろう。
だからこそ、政治の決断が先送りされることの代償は、民主主義国家において常に国民が背負うことになる。